肝臓病は血液検査のデータを見て選びます
肝臓病の漢方薬を、という患者さんには検査データを送って頂きます。
肝臓病の人は自覚症状が何もないので、検査データの推移を見ながら漢方を調合します。肝臓は沈黙の臓器ですが、詳しい検査データ(GOTやGPTばかりではない。)を見ると何処まで進んだ肝臓病か分かります。また、数値の出方で処方の選び方を変えます。また、一ヶ月ばかり服用して頂いて検査値の改善が見られないときは処方を変更する必要があります。
肝臓病、データの見かた
数値には上がると良くないものと、下がると良くないものがあります。
H(ハイ)のチェックが付いて、会社の健康診断などで問題になります。しかし進行した肝臓病ではH(ハイ)が目立たなくなり、L(ロウ)のチェックが付くようになります。
【Hハイになると良くない項目】①~⑨ 数字は正常値の範囲です。
① GOT(AST)10~40単位 GPT(ALT)5~40単位
肝細胞の破壊によって数値が上昇。100以下を持続すると肝硬変になりにくい。
②γ-GTP 0~50単位
肝障害、膵炎、膵臓癌で数値が上昇。アルコール摂取量を敏感に反映。
③ ALP 50~260単位
胆汁の流れが悪くなると、数値が上昇。
④ LDH 200~450単位
肝細胞が破壊されると値が上昇。
⑤ ZTT 3~12単位 TTT 0~4単位
肝機能低下で高値。ZTT上昇は慢性化。TTT上昇だけなら急性肝炎。
⑥ PT(プロトロンビン時間) 10~12秒(70%以上)
血液が凝固するまでの時間(秒)。肝障害があると時間が延長します。
⑦ 血清ビリルビン(Bil) 0.2~1.0㎎/dl
黄疸の数値。肝細胞や胆道に障害が生じると、血液中にビリルビンが増加して高値を示す。
⑧ ICGテスト 10%以下(15分停滞率)
注入された試薬の排泄時間を計測。肝硬変になると肝臓中の血流が停滞して値が上昇。
⑨ 血中アンモニア 30~80μg/dl
肝硬変でアンモニアが血液中に増加。意識がハッキリしなくなる。末期の症状。
【Lローになるといけない項目】⑨~⑭進行した肝臓病でLになります。
数字は正常値
⑩ ChE(コリンエステラーゼ) 170~440単位
肝臓が元気でなくなると数値は低くなります。脂肪肝では上昇。
⑪ TP(血清総たんぱく) 6.5~8.5g/dl
血液中のタンパク質の総量です。肝硬変で肝臓
の働きが低下すると減少します。
⑫ A/G比 1.1~2.0
肝機能が低下すると、アルブミンは減少しグロブリンは増加するのでアルブミンの値をグロブリンの値で割り算します。割り算の結果が1.0以下になると肝硬変の疑い。
⑬ T-CHO(コレステロール) 120~220㎎/dl
肝臓の働きが悪くなるとコレステロールが減少。減少すると発癌リスク上昇します。
⑭ PLT(血小板)13~34/13以下は低値。
肝臓が弱り、血小板を作る材料(タンパク質)が不足し、血小板が減少する。
C型肝炎では感染から10年で半減。或いは肝硬変で脾臓が大きくなり、脾臓が血小板を破壊。
メンゲン(瞑眩)て本当に有るの?
「メンゲン」とは、服薬して病気が治ろうとするとき、一時急激に悪くなる事を言うようです。これは本当でしょうか?副作用とは違うのでしょうか?
お店の人に「それはメンゲンだから」と言われたという患者さんにもよく会います。
「メンゲン」という言葉。出典は2500年も前の中国の儒教の教典「書経」です。若藥弗瞑眩厥疾弗癒(もし、薬メンゲンせざれば、その疾は癒えず)です。それは「もし薬を飲んでも、頭がクラクラっとするような薬じゃなかったら、病気は治らないよ」というような意味です。
しかし、考えてみると孔子様は立派な方かも知れませんが、実は医学は素人です。私は色々と漢文で書かれた中国の昔の本を読みますが、医学の本ではメンゲンという言葉は見たことがないのです。どうやら、メンゲンは医学用語ではないようです。
悪くなるのは、やはり「副作用」です。「一度悪くなってから治る、メンゲン」などと言うことは信じない方が良いでしょう。
ただ、副作用かどうか、難しい場合もあります。私の叔母。どんな処方を飲ませても、たとえ強力な下剤が入っていても、飲み始めの一週間、必ず便秘なります。当初これが分からず「便秘になる」と言われて困りました。しかし、その内、一週間待てば、解決すると分かり、気にせず投薬しました。
恐らくは「薬を飲んだぞ」という精神の緊張がお腹に伝わり、緊張がほぐれるのに一週間かかるのです。ご本人には緊張の自覚はありません。身体がそう反応するのです。
後では叔母も「私、初めは何でも便秘するのよね」と言うようになり、そう自覚すると、あまり便秘しなくなりました。
芍薬は「引き締める」
美しい花が咲く牡丹も芍薬も根は薬になります。
娘が出産しました。元気そうですが「イキンだから、ひどい脱肛になった。」と言います。痛みはありませんが、肛門が外へ出てきて垂れ下がっています。顔と脚も腫れています。脚を押さえると、大きく凹んで、なかなか元に戻りません。ひどいムクミと脱肛です。
芍薬の根を30グラム煎じて来て娘に渡しました。翌日には、脱肛も浮腫も、一気に解消しました。
芍薬には、肉を引き締める作用があります。弛んだ肛門を引き締めて収め、利尿作用があるわけでもないのに脚の肉を締め上げ、水を絞り出してしまいました。「肉を引き締める」などと言う作用の薬物は化学薬品にはありません。
大抵、漢方の処方は何種類かの薬草の配合です。配合の妙というわけです。一品だけ、芍薬だけで、というのは例外的な使い方です。単純な方法なので即効的に効きます。しかし、ひとつずつの薬物に精通していないと出来ない芸当です。
中国にも、一品で薬物を使うのを得意にしていた張錫純という有名な漢方医がいました。彼が書いたものを読みますが、なかなかマネの出来ない芸です。
私の闘病記1
6月初旬。ギックリ腰になる。いつもは黄柏や亀板が入った丹渓先生(14世紀)の処方を使って二三日で治るのに、なぜか今回、効き目がない。朝鮮の四象医学の説に従って地膚子(ホウキギの種子)を25g煎じて服用。なんと二日で治った。雨の日が多かったから、老化より身体の湿気が原因だったらしい。地膚子は皮膚科の痒み止めだが、これで腰を治す、というのは日本や中国の漢方には無い知恵である。
6月中旬。内股が痒くなり、陰嚢に接した部分が黒く変色。青黛膏(藍染めの藍の軟膏)を塗る。塗った所は収まる。しかし、塗らなかった所に次々大きな赤い丘疹が出現して外へ向かって拡がる。しかも皮膚から無色無臭のサラサラした液が多量に出て、内股がビショビショになる。
そもそも地膚子とは痒みのひどいときに使う薬じゃないか、と煎じて飲んでみたが、今回は無効。痒みも収まらなかった。
陰嚢にも痒みが出る。朱仁康先生(現代中国の名医)の滋陰除湿湯という陰嚢湿疹(漢方の病名は腎嚢風という)の処方を数日服用。しかし、これも無効。
病勢の進展が凄まじい。数日で十倍に拡がる。水があふれ出る。両方の内股が真っ赤に腫れ上がり、内股からの熱気で身体全体が熱い。安眠できない。疲れて食欲も減退。急性湿疹のスピードとエネルギーの大きさに恐怖を覚える。
脈診。右手の腎の脈がとても大きく強くなっている。腎に熱がある。
グズグズしてはいられない。ガツンと一発、病勢を挫く必要がある。石膏が必要。石膏は身体の熱を冷ます。
【処方】石膏20.0g干地黄15.0g 水煎服用。
作戦成功。一服で熱がさめた。さらに知母と黄柏を10g加えて数日。
熱気が去り、腫れも引き、丘疹も消失。安眠できる。
しかし、夜間、突然ワーッと激しい痒みが起こる。掻いた後がヒリヒリ痛い。皮膚からサラサラと水が沁み出る。
あふれ出る水を何とかしたい。 防風とケイガイを加える。痒みが激しくなり、驚いて中止。
金銀花と連翹を加える。かえって浸出液が増えてしまう。
黄連を5g加える。水が出なくなった。乾いた皮膚が大きな破片になってパラパラはがれ落ちてキレイになった。ただ陰嚢との境界の黒く変色している部分にジメッとした感じが残り、妙な臭いが漂う。
以後、慎重にひとつずつ薬を追加しては結果を見て、徐々に処方を変えて最後は竜胆寫肝湯に近くなった。
【8月15日の処方】
石膏5g 干地黄5g 黄柏 5g 黄連5g 竜胆5g 沢寫5g 木通5g 連翹5g 車前子5g
地膚子5g 白鮮皮5g 柴胡5g 滑石10g
8月末。ほぼ完治した。
湿疹は慢性と急性で治療法が異なる。しかし、私がお会いするのは既に慢性化した人ばかり。治療経験が乏しくて、慣れない急性湿疹に大いに戸惑ったり慌てたりした。大変な夏だった。
【馬鹿話】お通夜の晩。従弟が「テツ兄ちゃん、チンチンカイカイ、チンカイカイって、中国語だって言うけど、ほんと?」 私「うん。漢字で請請開開、請開開と書ける。意味は、どうか、ちょっと開けてください、どうか、ちょっと開けて」だね。
請(チン)はプリーズの意味。動詞を二つ重ねると「ちょっと何々する」の意味になる。開開なら「ちょっと開けて」看看なら「ちょっと見て」だ。
私の闘病記2
2016年2月、右上顎の犬歯が痛み始める。私の歯痛は虫歯ではなく、歯肉に炎症が起き、すさまじい痛みやハレが起きる。悪寒を伴って発熱もする。しかし、いつも簡単に治せる。処方は清胃散。明代の処方である
この処方には、満口浮痛不能力嚼者は連翹玄参芍薬を加う(口の中の歯がみな浮いて痛み、物を噛む事も出来ない者は○○を加うべし。)等と注意書きもあり、よく効いた。
ところが清胃散、今回は、痛みは取れるが熱が下がらない。下がらないどころかゾクゾクとサムケがするたび熱が上がって、三日目には39℃になった。
顔が歪んでいると妻に言われる。顔の右半分が腫れ上がって、口や鼻を触ると飛び上がるほど痛い。上唇をひっくり返すと、歯茎にブヨブヨした巨大な盛り上がりでき、唇を持ち上げている。長さ4~5センチ、高さ1センチほど。ブヨブヨなのは清胃散に攻撃されたためだろう。
やや不安になり、病院で抗生剤を三日分もらって来る。一錠服用。39℃が38℃度に下がる。一日3回、三日服用。しかし、なぜか38℃からは下がらない。漢方を止めてるのでまた痛み出す。顔も歪んだまま。
思案する内、去年の夏の皮膚炎(
闘病記1参照)を思い出し、同じ手を使ってみようと考える。大砲が要るのに鉄砲を撃ってちゃダメだ。
【処方】石膏20g地黄20g/一日分、水煎服用。
就寝前、一回分を服用。夜間に何度かジワット身体が汗ばむのを感じた。汗が出れば熱が下がる。朝。早速検温。しめた、38℃がなんと36℃だ。
ところが顔の様子がおかしい。歪みがひどくなっている。歯茎のブヨブヨが膨らんでプリンプリンになっている。平熱になったのにハレは大きくなった。
解熱の効果は捨てがたい。大量の石膏を使う処方は白虎湯というグループに属する。
白虎湯の仲間を検索して陽毒白虎湯という名前の処方を見つけた。
【処方】石膏20g地黄20g荊芥5g防風5g牛蒡子5g
陽毒白虎湯には私が服用した二種類の薬物以外に荊芥と防風と牛蒡子が入っている。荊芥と防風はサムケと発熱に効き、牛蒡子(ゴボウの種子)は膨らんだ出来物に穴を開ける。
服用を始めると、膨らんでいた出来物がその日の夕方には潰れ、茶色の汚い水がカレースプーンに二杯ほども流れ出て、ペシャンコになった。二三日で顔のハレも無くなった。